砂川昇建会長ブログ 職場の教養に学ぶ!~転ばぬ先の杖~

砂川昇建 職場の教養に学ぶ!~転ばぬ先の杖~

《職場の教養に学ぶ》

お題:ゴミ拾い

2026年6月13日(土曜)

【今日の心がけ】目的を忘れずに取り組みましょう

砂川昇建の思うところ

ゴミ拾いをしていると、「なぜこんなに捨てるのだろう」と怒りが湧くことがあります。むしろ真剣に取り組む人ほど、その憤りを感じやすいものです。中国北宋の政治家・歴史家である 司馬光 は、善について次のような趣旨の言葉を残しています。善をなして人に知られようとするのは、真の善ではない。これは「善行をしてはいけない」という意味ではありません。「善行によって得られる評価や満足感を目的にした瞬間、善の純粋さが損なわれる」という戒めです。ゴミ拾いの本質を考えると、人に感謝されるためではない、良い人だと思われるためではない 自分が偉いと感じるためでもない、ただ、「そこにゴミがあるから拾う」「少しでも環境が良くなればよい」という行為そのものに意味があります。仏教には「無功徳(むくどく)」という考えがあります。善行をしたあと、「私は良いことをした」「人の役に立った」「徳を積んだ」という思いさえ手放す。すると善行は取引ではなくなります。人の役に立っている、良い事をしていると思った瞬間、尊い行為があざとい行為へと変わる、という感覚は、まさにこの境地に近いものです。子供なら、褒められるからやるでいいのでしょうが、大人は見返りを求めるべきではありません。困難な事だからこそ尊いのだと思います。ただし、ここで気を付けたいことがあります。「良いことをしたと感じてはいけない」とまで考える必要はありません。人間ですから、達成感や喜びは自然に生まれます。問題なのは、喜びが生まれること、ではなく、 喜びを得ることが目的になることです。司馬光の思想から見ると、善意とは、自分を飾るためではなく、為すべきことだから為す心と言えるでしょう。だから、たばこの吸い殻が大量に捨てられていて腹が立ってもいいのです。その怒りを「捨てた人への憎しみ」に育てるのではなく、 それでも自分は拾う。という静かな行為に変えていく。そこに善意の本質があります。本当の善意は、「私は善人だ」と証明しようとしません。むしろ善意が深くなるほど、自分のことを忘れて、目の前の行為そのものに集中していきます。

著者 砂川昇建

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