《職場の教養に学ぶ》
お題:塾での思い出
2026年3月10日(火曜)
【今日の心がけ】仕事上の体験談を共有しましょう
砂川昇建の思うところ
私は貧乏な家庭で育ちましたので、塾は行った事がないです。小学校の頃、そろばんを習ったくらいです。中学の時はよく勉強して、テストで100点を取るのが趣味でしたが、高校ではあまり勉強しなくなりました。高校を卒業して、一年間ほど働いて貯金して専門学校に行きました。親に負担を掛けたくなかったからです。起業して100億くらいの会社になりましたが、もっとまじめに勉強していれば官僚にでもなれたのと思う事もあります。結果的に、社会人になってから死ぬほど勉強する羽目になりました。塾は、家庭だけでは難しいペース管理や競争環境、強制力を提供します。これは子供にはかなり効用があると思います。特に自己管理能力が未発達な思春期では、環境が行動を作るので、塾は「構造」として機能していると思います。いい大学に行く為に塾に行くのでしょうが、受験とは本質的には、将来の選択肢を閉じないための保険です。大学進学そのものというより、就職市場への入場券、社会的信用、初期キャリアの自由度を確保することでしょう。学歴は能力証明ではなく、「最低限の努力耐性」の証明として機能します。企業が見るのは、地頭、継続力、抽象思考力の代理指標です。塾の功罪は、「みんな行くから」という理由で、目的なき努力、不要な競争、過剰な最適化、 が起きる。受験システムは、正解がある問題を早く解くゲームです。しかし現実社会は、正解のない問題を作るゲームです。失敗回避思考、指示待ち、減点主義が強化されやすい。起業家的人材とは真逆の訓練になります。大学は意味があるのか?最近、小林一三の本を読みましたが、彼は、慶応大学の学閥と三井財閥の恩恵で成功できたことが分かりました。戦後はそのように立身出世をした人が多いので、つまり、世間ではその名残でいい大学に活かせる風習が定着したのかも知れません。現代社会は成熟していますから、学閥が存在するのは大企業や、官僚位だと思います。そろばん塾は、女の子も多くて楽しかったです。
著者 砂川昇建




