《職場の教養に学ぶ》
お題:福寿草
2026年2月7日(土曜)
【今日の心がけ】小さな幸せを見つけましょう
砂川昇建の思うところ
福寿草を見て「ふっと幸せを感じる」その瞬間から、仏教的な悟りの話を関連性で考えてみましょう。福寿草を見た瞬間、脳では次の流れが起きています。視覚野(色(黄色)、形、光を処理)扁桃体・海馬「安心」「春」「希望」「過去の記憶」と結びつく。前頭前野「今ここは大丈夫だ」「生きていていい」という意味づけ。このとき、ドーパミン(期待・発見)セロトニン(安定・充足)オキシトシン(つながり・温かさ)が静かに分泌されるそうです。これは興奮型の快楽ではなく、鎮静型の幸福です。仏教でいう「寂静(じゃくじょう)」に近い状態のようです。人が感じる幸せの定義は、人や時代・煩悩に左右されるのか?仏教的には幸せは三層あると考えます。欲楽(よくらく)→美味しいもの、快楽、安心。離苦の楽(りくのらく)。苦しみが終わった安堵(無執着の楽)何かを得なくても満ちている状態。日常生活で感じる幸福感と、マラソンなどで苦しい時間を克服してゴールした時の幸福感は違うのでしょうか?マラソンで苦しんでゴールした時のご褒美は、内因性オピオイド(脳内モルヒネ)と、自己効力感の最大化を得る事が出来ます。つまり「私は苦を超えた」という物語そのものが快楽になるのです。日常生活で感じる幸福感は、煩悩が有るからこそ感じるものなのかも知れません。具体的には、悩みが解決される、誰かに愛されるなのです。では、煩悩が無ければ幸福は感じられないのか?「川を渡るために筏は必要だが、渡り終えたら背負って歩けない」幸福感も同じで、煩悩は渡し舟であり、目的地ではない。
著者 砂川昇建




